月に群雲 花に風
 〜大戦時代捏造噺

  


暇を持て余してのそぞろ歩きではない、
今日は向かう先が決まっている身だったので、
ついの急ぎ足で たったか通り過ぎかかったのを。
声を張るでなし、大きな身振りをするでなし、
さりげない気配だけで引き留めたのは
はらりと視野の端を掠めた、小さな小さなひとひらで。

 「………おや。」

この春は随分と駆け足でやって来た観があり、
暦がいよいよの弥生へと移った途端、
一気に初夏にも近づこうというお日和が続いたものだから。
直前までの大荒れだった冬は
一体どこへ吹き飛ばされたんだろうねぇなんてのが、
顔なじみとのご挨拶代わり、
ついつい出てしまう一言になってもいたほどだったのに。
そんなだったせいでだろうか、
これこそが春先ならではだと思い出すのに間がかかったほど、
いきなりぐぐんと寒の戻りが襲ったり、
里のぎりぎり周縁の畑地では遅霜が降りたり、
寒暖の差の激しい何日かが ここ数日ほど続いていて。
今日はまた、随分と風が強く吹くものだから、
大路を行き交う人々も、
埃が舞うのを厭うてのこと、眸を細めたり薄布で顔を覆ったりし、
少しでも早く通り過ぎようと せかせか急ぐ人が大半なれど。

 「そうか、そうだったよねぇ。」

上物だろう羽織の裾が大きくひるがえるほどにも、やはり風は吹きつけて。
だがだが、それへ おおと怯んで首をすくめることさえ忘れ、
ついつい見ほれてしまった寡黙な相手。
春になったと外の沙漠を渡っておいでの遠来の旅人へ、
里の繁栄振りや健在を判りやすく誇れる存在が、
この春もまた見事に咲き誇っておいでであり。
今日は微妙に薄曇り、そんな白っぽい空を背に。
だからか輪郭が曖昧ながらも、
梢が見えないほどたわわについた花も豊かな、
結構な樹齢の大桜が、
広場の中央で でんとしたその存在感を誇示しておいで。

 “ただ白っぽい花じゃなく、
  ほんのり緋を含んでいるところが、
  嫋やかだったり艶だったりするんですよねぇ。”

自分が寝起きする最下層では、陽があんまり差さぬので、
ここまでのたわわに花はつかぬか、
柳くらいなら見もするが、そういやどこにも植わっちゃいない。
外から里への出入りをする“大門”がある、上階層の此処にしたって、
本来だったら砂の大地だ、
このような瑞々しい大樹がそうそう根付くはずはないのだが。
そこは金満家の恐ろしさ、
これほど威力のある広告塔があるものかという観点から目をつけて。
水と肥沃な土地なくしてはあり得ぬ花々、
それがひょいと此処にある格好で、
あくまでもさりげなく“贅沢”を知ろしめし。
見栄えの華やぎだけでなく、
手入れの担当という人手を設けるという意味合いからも、
街への“潤い”を投下した差配様であり。

 “さすがは綾麿どのですよね。”

金は使いどころじゃあ思い切りよく使ってこそ、
それへ引かれて ますますのこと集まるものだとか。
こちらは一介のお座敷料亭の幇間、
しかも歓楽街という特殊な世界の住人に過ぎぬが、
ついつい親類縁者相手のような感慨を洩らしてしまったは、
一介の幇間、宴を盛り上げる太鼓持ち風情…とはいえ、
この虹雅渓では、誰もが お顔か名前を知ってるほどの有名人、

  蛍屋の七郎次という、粋でいなせな殿御におわし。

つややかな金の髪を引っつめに結い、
骨張らず すべらかなままの頬に、
澄んだ水色の双眸を据えたお顔は花のように端正で。
きびきびとした立ち居が冴えての小気味いい、
背条もしゃんとし、手足も長いという、いつまでも若々しい風貌と、
そりゃあ気持ちのいい 闊達な気っ風を持ち合わす、
非の打ちどころのない美丈夫で。
姿が美々しいだけじゃあない、
元は軍人、つまりはお武家様だったとかで、
色んな四角い話も御存知なほど 実は相当に学がおありで。
さりとて、普段はそんなこと欠片も匂わさず、
幼い子供らへの他愛ないおとぎ話から、
酒の席をにぎやかすよな丸くて艶話まで、
それは即妙に繰り出せもする、
柔軟で機転の利く、よく出来たお人でもあって。

  だが今は

それはご陽気、いつも笑みを絶やさぬあのお人と
果たして同じ人かが ちょっぴり怪しいと思えるほど。
どこか神妙になっての物想うよなお顔で、
じいと満開の桜を見上げておいで。
時折風にあおられて、ゆさりはさりと揺れる桜も、
まとう衣紋や ほつれた髪を
そおと押さえる指先までゆかしい偉丈夫殿も、
どちらもどちらでそれは麗しく。
どうで視線を離し難いほどの
蠱惑の艶をたたえし立ち姿であったれど。

  ……ああそういえば、
  花でも月でも、こうやって安穏と見上げるときは
  いつもあのお人がいたのでしたっけねぇと

物言わぬ相手へ
だのに そんなことをば思い出してしまったほど、
そうして白皙の横顔が ほのりと沈みかけたほど、
今日の桜は罪作り……




     ◇◇◇


今のところは“最も大きい”とされているこの大陸を二分してという、
規模の大きな、そしてそれはそれは長かった戦が
ほんの十年ほど前まで連綿と続いていたなんてこと。
今のこの一応は落ち着いている世情からは、
もはや 地続きだったかどうかも怪しいくらい
過去のことになりつつあるのだけれど。
それでも、今現在 一端の大人である世代には、
色んな格好で関わりを持たされていたことであり。
軍人だった七郎次には殊に、
単なる日常でさえ そのまま戦さの只中にあったので。
ともすれば物騒な仕儀や判断が、されど“当たり前”なことになっていたり、
逆に何てことない平凡なことが希少だったりと、
自覚はなかったが ややもすると結構な歪み方をしてもいたに違いなく。
特に、彼が駆り出された時期は
戦線も最も激しさを増し、同時に何かと混沌として来てもいた終盤のころ。
肥大するばかりの組織はあちこちで倦んでもおり、
なんの末端は膿んでもいて、
そこへと目をつけたアキンドらが ぐいぐいと食い込みの、
独自に台頭を始めてもいて。
味方を巻き込む戦法も特に非難はされずの横行し、
じかに戦域へと飛び出す実戦部隊が、
気がつきゃ機巧躯ばかりとなるのへも加速が掛かっていた頃合いに。
南北合わせても数えるほどと言われた、生身のまんまの空艇部隊、
そんな中でも 南北通じて名を馳せていた“北軍(キタ)の島田隊”の
司令官殿の副官を務めていた彼だったのだが。

 「……お。」

本丸と呼ばれし戦艦を住まいに、
しまいにゃ何カ月も空の上というような、
乱戦・激戦続きのほんの隙間の数日ほど。
新たな戦さ場へと移動する隙をつくように、
やっとのことで戻れていた支部宿舎には、
最寄りの町へと連なる道なり、それは見事な桜並木があったのが、
西側のどの窓からも眺めることが出来もして。
ああそうか、もうそんな時期だったのかと、
この僅かな滞在時間にも
やることは山ほどあった その手が止まったほどの威力へと
まんまと惹かれたうら若き副官殿。
時おり吹く風がこちらへ渡ってくるのを表すように、
奥向きのほうから順番に次々と、
ゆったり揺すられている何本もの梢へと。
みっちりとまといつく、練り絹の白緋も麗しい花々が、
ゆらゆら揺れる様さえ淑やかに、それは泰然と咲き誇っていて。

 “凄いなぁ…。”

どこからでも振り落ちてくる“死”を、
ただただ躱して薙ぎ払うためだけに、自分をぎりぎりまで擦り減らし。
ともすりゃ感覚だけとなって、反射に任せて槍や大太刀を振るうよな。
硝煙と血の匂いしかしない、正に修羅場に昨日まで立っていたこと、
そのままびゅうと吹き飛ばされたような気にさえなった。

 「……。」

この長閑さも静けさも、
ただ単に、ここが激戦の地ではなかっただけのことじゃああるが。
それでも…何というものか、

 「富貴泰然たる桜に比べて、
  人とは何と愚かしい生き物かとか。
  栄枯衰退も風に任せる樹々に比べりゃ、
  軍装破損や装備不足なんてな痛手も小さきものだとか、
  そういう哲学が出るようなら余裕だぞ。」

 「お前の口からそういう言が出たことこそ驚きだわい。」

 「………っ。」

宿舎の中庭で装備のあれこれ、
主には洗濯物を広げていたはずの七郎次。
そりゃあまめまめしい働き者だのに、
それが立ち尽くすとは…よほどポカンとしているように見えたものか。
案じてかそれとも揶揄しにか、
顔なじみの先輩がたが、揃って間近へまで運んでおいで。

 「な、何ですかっ、お二人とも。///////」

不意を突かれたと肩や背条を震わせて、
ぴょいと飛び上がった七郎次だったものの。
驚かせたという意識はなかったか、
くつくつと苦笑をしつつの歩みを詰めたお二方。
司令官である島田勘兵衛の
即妙な戦略に柔軟に呼応することで快進撃を補佐し、
まだまだ若い身空でありながら
頼れる双璧として、結構な戦歴を数える強わものたちであり。
彼らに比すれば ひよっこの七郎次は、
まだ十代だった初手からのずっと、
ひょいと軽々ひねられつつ…という格好で、何かと目をかけていただいており。

 「いや何、隙だらけだったもんだから。」

白夜叉の先鋒あずかる 金狛の槍方が、
時を忘れて一体何へ見とれているものかと、関心が沸いたまでよなんて。
小じゃれた言いよをなさったものの、

 「桜かぁ。」

わざわざ確かめずとも、
この時期のこの方向にあるもので、
はっと息を飲んでしまうほど見ごたえのあるものといえば、
この桜並木しかないのは誰もが知っているのにね。
ましてや、自分よりここには長いお方がた、
わざわざ同じ場に立たずとも察しもつこうはずだろうにと。
そのお言いようの白々しさへと目許を眇める後輩をよそに、

 「確かに見事だが、俺はユキヤナギの方が好みかな。」

そんな仰有りようをした良親殿は、
そりゃあ甘い風貌がそのまま女性へも好かれるのをいいことに、
惹かれる女性らを誰一人拒まないまま、
片っ端からお付き合いしておいでの強わもので。
なので、

 「お前の色女(ツレ)の庭にあるからか?」

征樹殿の応じは そこを揶揄しての言いようだのに、

 「はて。今のの庭にあったのは、ただの南天だけだったような。」
 「あーあー判ったよ、前のオンナとはもう切れたのだな。」

何カ月も間が空いたのだ、待っててくれるわけがなかろう。
そんな薄情な女しか寄って来ぬのか寂しい奴よの、と。
どっちにしたって、
結構な綺麗どころを常に傍らへ寄せておいでの双璧だけに。
男ばかりが基本の兵舎にてのそれは、羨望しか集めぬ“言い諍い”だったりもし。

 「そういう手の自慢ばかりしておられると、
  しまいには皆から袋だたきに遭いますよ?」

七郎次だとて、同じよに むさ苦しい兵舎に身をおく存在。
女性からのモテようも、
男の勲章、誉れの一つということくらいは心得ているので、
そんなの遠回しの自慢ですよとクギを刺したつもりだったが、

 「お、言ってくれるね。」
 「そうそう。
  どんな秋波へも見向きもしない、
  つれない奴の方が罪作りだっての。」

自分たちを責める資格なんてないぞお前と、
首根っこを抱え込まれての“こ〜いつめー”と。
体のいい遊び相手にされたのも




  “…懐かしい話だな。”


結構な頭数がいた島田隊も
惜しいかな亡くなられた顔触れもあってのこと、人員も結構入れ替わったし、
頼もしきあの双璧の方々も、それぞれに部隊を任されての、
今はどの地でどの空で、舞っておられることだろか。

 「………。」

かつてそんなやりとりをした、春の訪のいを夜風の中へと感じたせいか、
懐かしい一幕を思い出してしまった七郎次で。
戦域の只中では桜もアヤメもあったもんじゃなく。
それでも、頭上にいつの間にか昇っていた真珠色の望月に気がついて。
火の番をしつつ おやと視線を向けておれば、
そんな自分の頬に、掠めるように端が触れたものがあり。

 「勘兵衛様?」

見張りは自分だけ、
この時間は天幕においでのはずでは?という言外の含みを無視するかのよに、
彼のお人もまた頭上の月を仰いでおいで。
そんな彼が至近へ来たため、羽織ってらしたコートの裾端が、
椅子代わりの倒木に腰掛けていた七郎次の頬を掠めたのだが、

 「この時期にこうまで冴えるのは珍しい。」
 「…そうですね。」

春の宵は霞がかっているせいか、地上から見上げる宙も低く見えるのが常だのに。
今宵の望月はいやに冴え冴えとしており、その輪郭も鮮やかで。
哨戒に出ている斥候待ちの火の番は、そのまま夜営地の入り口の番でもあるに。
月なぞ見上げて何を呆けておるかとの、遠回しのお叱りかしらと、
あれやこれやの思い当たりのありったけ、頭の中で巡らせておれば。

 柵の代わりに刈りこぼした、周囲の草が風に鳴る音が、
 さわさわ静かに響いたのが何合か

その間のずっと、
押し黙って空ばかりを見上げていやった司令官だが、

 「秋のように静かな中だ。
  何が来たっても誰もが聞こえようから、お主も休め。」

想いも拠らぬこと、いきなり言い出されたものだから。

 「そうは行きませぬ。」

何ですかそれはと息巻いてしまった現れ、
顔を上げつつ、ついつい強めの語調で切り返している。
確かに静かじゃああるけれど、
それは…昼間のうちに戦端開いた大乱戦を、
自分らの隊が手際よく制したために生じた空隙だからでもあり。
こうまで早く夜空が澄み晴れたのも、
斬艦刀が吐いた排気や、爆撃にてばらまいた爆煙硝煙などなどが、
もはや居残らないほども早く決着がついたから。
だが、だということは一旦は引いた相手がた、
加勢を呼んでの舞い戻る恐れも大ありで。
それを見に出ている斥候の機が戻るまでは気も抜けぬ。
そんなあれこれを一から並べるつもりはなかったし、
そういう道理はさすがに勘兵衛にも判っているようで、

 「何も見張りが要らぬとは言うておらぬ。」

しょっぱそうな顔でうら若き副官を見下ろして来。
ああどうしてこういう話は通じにくいかな こやつと、
男臭い精悍なお顔には勿体なくも、
そうと書いてあるのが、ありあり読み取れた七郎次なのへ、

 「昼の哨戒艦への揚陸で、お主は人一倍駆け回っておろうが。」
 「そんなこと…。」

ないですと言い掛かったのを、やや眇めた勘兵衛の視線が封じてしまう。
この戦域はもともと北の領土だったのだけれど、
南軍と接している土地柄から住まう人も退いての幾年月。
大地のほうでも樹木がすっかり繁茂して、
境界線を曖昧にするほどとなって久しい地でも有り。
そんな土地でも護りは大事と、
最寄りの支部からの哨戒を怠らずにしておれば、
この数日ほど南軍からの哨戒が頻繁だという報。
それを侵略を進める所存と見越し、空域ごと保持せよとの命が下ってのこと、
彼らが出動と相成ったのが、こたびの作戦行動だったのであり。
向こうも隙ありと見越した末か、本格的な部隊を率いて現れたものだから、
あっと言う間に両軍が空域にて入り乱れる大乱戦となったものの、

 『中枢の哨戒機を叩くぞ。』
 『はっ。』

激しい乱戦となったのは、単に互いが周到同士であったがため、
出合い頭の衝撃が派手だっただけのこと。
たかが境界地、そうまでして奪い合うほどの要地でもないのだ、
ここは戦況が徒に広がらぬうち、
とっとと痛手か深手を与えて、諦めさせての撤退させるに限るとばかり。
相手陣営の大物を叩くぞと、手短に告げた勘兵衛にこちらも短く応じ、
どれと言われもせぬまま、陣営の肝に浮かぶ艦に目串を立てると、

 『参りますっ。』

巧みに斬艦刀を操り、一気に突撃をかけた七郎次であり。
その機外に悠然と立っておいでだった司令官様にも、
何の不服も不足もなかったものか。
まずは自分がヒラリと甲板へ飛び降りて、
そうして気遣う負担を退けてやった愛機が、
底部をやや擦り付けつつもすぐさま着艦したの、ちらりと見やったそのまんま。
腰の大太刀抜き払い、早くも機銃が照準を合わせつつある中を駆け出しておいで。
精巧にして素早いと定評があった最新式の機銃でも、
斬艦刀乗りの、しかも超振動を起こせる級のもののふには勝てやせぬ。
銃口が忙しく動いて、縦横斜めと修正を加えているうちにも、
至近へ駆けつけた相手の刀のサビとなるがオチ。
とはいえ、相手が何口もという数でかかった場合は微妙で、
太刀を大きく振り抜いた隙を衝かれて、
態勢も整わぬところへの固め撃ちという、
当たれば幸いな攻勢を仕掛けて来られてはたまらない。

 “もっとも、そういう機転が利くのは人が銃座にいればこそだから。”

そんな雑な攻勢の餌食にかかるよな、無様な失速もしないまま、
振り抜いた刃をそのまま、やすやすと返す切れの冴えこそ鬼のようと
敵味方引っくるめて恐れられての、いつしか得たのが“夜叉”との異名。
そんな御主へは手を貸す必要なしと見越し、
軟着陸した愛機から飛び出した副官は、
脇目も振らずの真っ直ぐに別の銃座へと駆け寄っている。
自動照準ではない銃座に目をつけ、

 『せいっ!』

そここそ危険と長槍一閃、これも超振動の一撃にて蹴たぐると、
内部へ通じる扉を見つけ、そこをもどうんっと突き破り。
注意深く通路へ首を入れ、
先ほど大破した銃座で通路が上手く片側のみ塞がれているのを確かめると、

 『勘兵衛様っ!』

外におればそのまま敵機の標的にもされかねぬので、
突破口を開けましたと声を張り、
よしと頷き、駆けておいでの身を狙う、不届きな銃口はなしかと見回して。
無事に突入なされれば、
後方からの追撃を警戒したまま自身も続いて飛び込むまでが、
もはや当たり前のひとつながりとなっている段取りで。

 「…特にひとしおな忙しさということもありませなんだ。」

広い視野にて大局を見回し、
多くの部下らを効率よく配置して、
呼吸も鮮やかに絶妙な間合いで押したり引いたり。
そういった作戦行動と並行して、
ご自身もまた大太刀振るって戦禍へ飛び込むお人だから。
その身を衝き動かす武火の為させることなれば、
せめてその背を守りたいし、自在に動けるようにと地均しもしたい。
そんな心根がつい現れての行動、今日の場合はあからさまに思えたか。
双璧のお二方がそうであるよに、
斬艦刀を降りてからは、
自身の判断で独自に駆けろといつも言われているにもかかわらず、
自分へひたりと付いて来る副官なのへ、
少々物言いしたくなった御主様であるらしく。

 「そんなにも儂の太刀さばきは心許ないかの。」
 「まさか。」

では何故に、他方へ駆けてゆき、そこから突き崩す仕事をこなさぬかと、
周囲の夜陰よりも深い色をたたえた双眸で、
足元に座す年若な副官殿を射るよに見下ろし、訊いている御主であり。

 「戦端開く先鋒役の誉れも、
  信頼されておればこそのものと判ってはおりますが。」

ああでもと、うまく言えない身がもどかしい。
いつまでも奔放自在には戦えぬ、
そんな自分はまるで、手綱の付いた狛のようと、
お味方のみならず敵陣営からまでも
揶揄半分に名指しで囃されているのも知っている。
そういうことには疎い勘兵衛様のお耳にまで、とうとう届いたということか。
もはや どんな修羅に相対そうと平気で立ち向かえるだけの肝を育てたし、
はたまた、どんな上つ方からの厭味へも
即妙に切り返せる厚顔となったつもりだったが。
この敬愛してやまぬ上官に真っ向から問われると、
どうしてだろうか舌が回らない。

 「〜〜〜〜。」

語彙が足りずで言い訳さえ出来ない幼子のように、
口元をへの字にたわませ、あうあうと困っておれば、

 「お主もとんだ節穴のようだの。」

ふうと深い溜息を一つつき、
儂に付いて来たところで、栄華も名誉も寄っては来ぬぞと、
そんなような言いようを ぼそぼそこぼしておられたっけね。
説得しても無駄らしいと、それこそ早々に諦めた勘兵衛様で。

  でも、自分にはそれが一番ほっとしたし、
  昼間の功労への、
  大そう立派なご褒美だったような気がしもしたものだった。





     ◇◇◇



そこがこの世の地獄とされる戦地であれ、
ともに静かに月を見やりつつ、他愛ない話を語り合ったこととか。
もちっと穏やかな頃合いにては、
支部の兵舎の傍らに沿う あの見事な桜を愛でたりしたこととか。
あんな恐ろしい時代はなかったはずなのに、
軍人だった自分は尚のこと、
陰惨な修羅場も たくさん踏み越えてたはずなのに。
おかしいねぇ、
胸のどこかがむず痒くなるような、そんな気分になるばかりだし、
そんなころの話、すっかり忘れ去りたいとは思えない。


  それより何より、あのお方がもう居ないとは思いたくないものだから。
  ひょいとすれ違っても見過ごさないよう、
  何度も何度も、あの横顔をあの声を、思い返しているようなもの。
  ああでもどうだかね。
  もう随分と日も経つし、
  何より、自分が変わったように
  勘兵衛様だって面変わりとかなさっておいでかも知れぬ。


   「それこそもう、潮時というものなのかねぇ。」


はらはらと、
無情の風に裾からほどかれ、散らされてゆく桜を見やり。
もう涸れたはずの何かしら、
零れそうな気がしてあわてて顔を上げたそこには、
かつて自分もいた空が薄青く広がっているばかり……



 春よ 遠き春よ
  まぶた閉じれば そこに
  愛をくれし君の 懐かしき声がする…





   〜Fine〜  13.04.03.


  *大戦噺か賞金稼ぎの番外か。
   どっちに置こうか迷ったのですが、
   主役がシチさんなのと、
   まだ再会前の設定なので こちらへ。
   この半年後にあの騒動となる訳です。
   シチさん、もちょっとガンバだ。
   つか、同じ街にいるよ、シチさん後ろ後ろっ。
   (余韻もなくの思い切りギャグに持ってってどうする。)
こらー

めるふぉvv*感想はこちら*

ご感想はこちらvv


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